多くの企業がカスタマーサポートの品質と効率向上の切り札として、AIの導入を進めています。しかし、「期待したほどの効果が出ない」「AIチャットボットの顧客満足度がむしろ低下している」といった声が聞かれるのも事実です。
実際に、J.D. パワージャパンによる調査では、オンラインサポートの満足度は2023年の689ポイントから2024年には677ポイントへと低下しました(引用元:J.D. パワージャパン 2024年カスタマーセンターサポート満足度調査<EC・通販業界編>)。特にAIチャットボットに対しては、「要件に合った選択肢が提示されない」「情報量が不十分」といった不満が満足度低下に影響しています。なぜ、高機能なAIを導入しても顧客を満足させられないのでしょうか。その原因は、変化する顧客の期待と、AIに与える「学習データ=ナレッジ」の質にありました。
自己解決が当たり前になった顧客。問い合わせの「質」が変化している
今や、何か問題が発生した際に、いきなりコールセンターに電話をかける顧客は少数派です。ナイスジャパンの報告書データによれば、電話をかける前にWEBサイトで検索して自ら解決を試みる顧客は70.9%にのぼり、いきなり電話をする顧客はわずか7.0%に過ぎません(引用元:ナイスジャパン2024年CX調査報告書)。実に8割以上の人が、何らかの手段で自己解決を試みているのです。
しかし、それでも解決できなかった場合、7割以上の人が企業へ問い合わせを行っています 。これは、コールセンターに寄せられる問い合わせが、単純な質問ではなく、「自分で調べても分からなかった」という、より難易度の高い問題へと変化していることを示唆しています。
オンラインサポートに慣れた顧客の期待値は、確実に上がっているのです 。
AIの真価を引き出す「構造化されたナレッジ」とは?
このような高度な問い合わせにAIが的確に答えるためには、その頭脳となる「ナレッジ」の質が決定的に重要です。特に、AIの回答精度を高めるには「構造化されたナレッジ」が欠かせません 。
例えば、オペレーターが自由記述で残したままの対応履歴は、いわば文章のままの情報です。その中には、顧客とのやり取りや状況説明などが含まれており、AIが回答の核心となる「何が問題で」「どう解決したのか」という要点だけを正確に抜き出すことは困難です。
一方、「構造化されたナレッジ」とは、こうした文章の中から重要な要素を抜き出し、「問い合わせ内容」「原因」「解決策」といった、あらかじめ定義された項目ごとに情報を整理・分類したデータ形式のことです。
この形式により、AIは情報の文脈を正確に理解し、類似の問い合わせに対して的確な解決策を瞬時に提示できるようになります。
このように情報を整理することで、AIは初めてナレッジを正確に解釈し、類似の問い合わせに対して的確な回答を生成できるようになります。AIのROI(投資対効果)を改善するには、こうしたナレッジマネジメントが必須なのです 。
ツール導入だけでは不十分。AIを活かす「組織作り」と「現状分析」
「ナレッジを構造化すれば問題は解決する」と考えるのは早計です。優れたAIツールを導入しても、「現場で使いこなせない」「ナレッジが陳腐化していく」といった壁にぶつかる企業は少なくありません。現場からは「検索しても欲しい情報が出てこない」「社内用のナレッジと顧客向けのFAQの内容が違う」といった悲鳴が上がります 。
AI導入の効果を最大化するためには、ツールだけでなく、ナレッジを組織全体で活用し、継続的に改善していくための「組織作り」が不可欠です 。
その第一歩となるのが、自社のナレッジマネジメントの現状を客観的に把握する「ナレッジアセスメント」です。HDI-Japanの推進する国際的なナレッジマネジメントのフレームワークであるKCSを基に、以下の4つの視点で組織のナレッジ活用状況を評価します。
- マネジメント: ナレッジを改善する仕組みやルールが機能しているか
- システム: ツールがナレッジマネジメントの実現に適しているか
- 運用状況: 現場がルールに沿って、使いやすく活用できているか
- 浸透度合い: オペレーターが自身の役割を理解し、ナレッジ活用が浸透しているか
このアセスメントにより、自社の強みと弱みを可視化し 、AIの効果を最大限に引き出すための具体的な次の一手を打つことが可能になります。
まとめ
カスタマーサポートにおけるAI活用の成否は、もはやツールの性能だけでは決まりません。顧客の期待値が上がり続ける今、いかに質の高い「構造化されたナレッジ」を整備し、それを組織全体で活用・改善し続けられるかどうかが、企業の競争力を左右します。
AI導入で思うような成果が出ていないと感じるなら、一度立ち止まり、自社の「ナレッジ」とそれを支える「組織」の現状を見直してみてはいかがでしょうか。